現在の主流なパーキンソン病治療に、内科的な薬物療法やリハビリテーション、外科的には脳内電極を埋め込む脳深部刺激療法がある。これらの治療の進歩により、パーキンソン症状を長期間ある程度コントロールすることが可能となっている。しかし、どの方法も残存神経細胞の働きを制御するアプローチであり、黒質のドパミン神経細胞の減少を止めることで病気の進行を止めるなど、病気を根本的に治すことはできない。完全な根本治療は未だ困難であるが、これに類似のアプローチとして、1980年代から胎児由来のドパミン神経細胞の脳線条体への移植による治療研究が行われてきた[1-3]。 すべての患者に対して効果があるわけではないが、適応を選べば効果が持続することが確認されている。しかし、胎児由来の細胞を扱うという倫理的な問題や、1人の患者に対して複数の胎児ドナーが必要という量的な問題などがあり、標準治療としては難点が山積していた。さらに、移植した後のドパミン生産過剰によるジスキネジアも報告された[4]。

これらの問題の解決策のひとつとして、人工多能性幹細胞 (iPS: induced pluripotent stem cells)から誘導したドパミン神経前駆細胞を直接脳内に移植し、パーキンソン症状を改善させる治療の研究開発が進んでいる。iPS細胞は培養で増やすことが可能なため、胎児細胞移植のような量的問題が解決できる。また、iPS細胞ではドパミン神経のみを作ることができるため不適切な細胞(セロトニン産生細胞など)の混入を防げる可能性もある。これまで行われた基礎的な研究ではヒトiPS細胞を用いて、ドパミン神経細胞が分化誘導できること、誘導したドパミン神経細胞を高度に濃縮できること、移植したドパミン神経細胞がパーキンソン病モデル動物の脳に生着して行動改善を来し得ることが確認された[5]。カニクイザルのパーキンソン病モデルに細胞を移植し2年間観察した研究では、行動解析において症状の改善が確認された[6]。続いて、ヒトでの治験を実施するために、実際の臨床で用いるiPS細胞株を用いて安全性と有効性を検討する非臨床試験が実施された。その結果、がん関連遺伝子に異常がないことや免疫不全マウスへの移植で腫瘍形成が認められないことなどの結果が得られ、患者に移植する細胞の安全性と有効性が確認された[7]。これに基づき、2018年より京都大学iPS細胞研究所が中心となり、医師主導治験が開始された。この治験は薬物治療による症状のコントロールが難しくなった7名のパーキンソン病患者を対象に安全性の評価を主目的として行われ[8]、詳細な結果の報告が待たれている。

 iPS細胞を用いたパーキンソン病治療の安全性と有効性が確認できれば、今後標準治療となっていく可能性があり、将来パーキンソン病で寝たきりになる患者がゼロになる日がおとずれるかもしれない。

[1]

Brundin P, et al.

Behavioural effects of human fetal dopamine neurons grafted in a rat model of Parkinson’s disease

Exp Brain Res. 1986;65(1):235-40. doi: 10.1007/BF00243848.

[2]

Lindvall O, et al.

Grafts of fetal dopamine neurons survive and improve motor function in Parkinson’s disease

Science. 1990;247(4942):574-7. doi: 10.1126/science.2105529.

[3]

Freed CR, et al.

Survival of implanted fetal dopamine cells and neurologic improvement 12 to 46 months after transplantation for Parkinson’s disease

N Engl J Med. 1992;327(22):1549-55. doi: 10.1056/NEJM199211263272202.

[4]

Politis M, et al.

Graft-induced dyskinesias in Parkinson’s disease: High striatal serotonin/dopamine transporter ratio

Mov Disord. 2011;26(11):1997-2003. doi: 10.1002/mds.23743.

[5]

Doi D, et al.

Isolation of human induced pluripotent stem cell-derived dopaminergic progenitors by cell sorting for successful transplantation

Stem Cell Reports. 2014;2(3):337-50. doi: 10.1016/j.stemcr.2014.01.013.

[6]

Kikuchi T, et al.

Human iPS cell-derived dopaminergic neurons function in a primate Parkinson’s disease model

Nature. 2017;548(7669):592-596. doi: 10.1038/nature23664.

[7]

Doi D, et al.

Pre-clinical study of induced pluripotent stem cell-derived dopaminergic progenitor cells for Parkinson’s disease

Nat Commun. 2020;11(1):3369. doi: 10.1038/s41467-020-17165-w.

[8]

Takahashi J.

iPS cell-based therapy for Parkinson’s disease: A Kyoto trial

Regen Ther. 2020;13:18-22. doi: 10.1016/j.reth.2020.06.002.